欧州はなぜ統合の道を歩いたのかー英国のEU離脱選択から考えるー

2016年06月27日

欧州はなぜ統合の道を歩いたのか
-英国のEU離脱選択から考える―
             

                                                                芹田 健太郎

 6月23日の国民投票で英国民は欧州連合からの離脱を選択した。
 英国(United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland大ブリテン及び北アイルランド連合王国)は、世界第5位の
経済大国であり、国連安保理常任理事国として政治的発言力も大きく、世界に大きな波紋を広げている。

 しかし、なぜ欧州は統合への道を歩いてきたのか。周知のように、世界恐慌から1930年代の経済のブロック化が始まり、また、
轡を一にするかのように人種優越主義(racism)と排外主義(xenophobia外国人嫌い)が蔓延り、結局は第2世界大戦を引き
寄せてしまった。そのことへの痛切な反省から戦後世界は自由貿易と人権尊重が基調となり、植民地解放が進んだ。

 第2世界大戦の主戦場はドイツを中心に西はフランス、東はポーランド、ロシアまで広がるヨーロッパ大陸であった。この戦争は
日本が中国大陸で続けていた戦争の挙句に1941年に対英米宣戦布告を行うことにより世界戦争となった。

 ヨーロッパでは、1871年の普仏戦争、1914年の第1世界大戦、1939年の第2世界大戦と、70年の間に3度も大戦が続いた。
 第2世界大戦後、中東欧が共産主義圏に西欧が資本主義圏に分裂し、東にワルシャワ条約機構(WTO)、西に北大西洋条約
機構(NATO)が対峙し、冷戦が起きたが欧州の安全は保障された。西欧では汎ヨーロッパ運動が起き、現在の欧州協議会が
生まれ、冷戦後の今ではロシアを含む全欧州諸国が加盟する。欧州人権条約がそこから生まれた。

 他方で、しかし、ドイツとフランスの恩讐は、一つは石炭と鉄鋼の資源争奪戦としてストラスブール地方の領土争奪となって
いたので、独仏中心に欧州石炭鉄鋼共同体がつくられ、後に、1957年に欧州経済共同体EECが創られ、欧州共同体ECとなり、
欧州連合EUに発展する。英国は欧州大陸の経済統合を目指す経済共同体に対抗して、EECに加わらなかった北欧諸国を誘い、
1960年に緩やかな欧州自由貿易連合(EFTA)を創ったが、1973年遂にECに参加し、今日に至った。
 つまり、第2世界大戦この方、ブロック経済もなく、欧州では戦争もなかった。英国がEUから離脱したとしても、一時的経済の
混乱はあるだろうが、戦争は起きない。その意味で欧州統合は成功しているのである。しかし、気がかりは、安定した大きな市場
を生み出しながらも域内に経済格差があり、確立された人の移動の自由が排外主義を生み出し、蔓延りつつあるように見えること
である。

 今回の英国の投票の背景に見られるにとどまらず、日本でも嫌中や嫌韓が蔓延り、ヘイトスピーチが闊歩している。
 同じ第2世界大戦の敗戦国として、ドイツと日本は70年代経済大国となったが、政治大国ではなく、今後も政治的に突出すること
なく、人道や経済や平和的結束の意義やメリットを地道に率先して示すほかはない。        
                                                               (国際法・国際人権法学者)






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Posted by 京都ノートルダム女子大学学長ブログ at 18:22 │学長社会時評

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