障害をもって分かったことー緊急医療の現場

2016年11月11日

社会時評

 障害をもって分かったことー緊急医療の現場

芹田健太郎



 九月二三日(金)九月期卒業式を終わるや否や、大学教職員の手配でやってきた救急隊員に学長室で現在の症状・過去の病歴等を手早く尋ねられ、一一時三〇分車椅子からベッドに移され京都府立医科大学病院へ緊急搬送された。到着するや待ち構えていた人たちにより、一、二、三で病院のベッドに移され、身ぐるみ剥がれて、神経内科の三人のチームによる診察・検査が始まった。右足・右手がしびれ、ややしゃべり難さを感じていた。

 救急車による緊急入院は一九七一年に急性肝炎でパリ大学病院に入って以来のことでショックであった。いくつかの検査が行われ、脳のMRI検査の結果脳梗塞と診断された。後に聞くと、右顔面が少しゆるんでいた、という。右手による署名は、難しかった。月曜日の朝個室に移るまでの間、ナースセンターに最も近い部屋で、点滴を受け、心臓に計器を付けられて夜も昼も、四六時中見守られていた。小用は尿瓶(しびん)であり、大きい方は看護師に付き添われ点滴を連れ、身体は拭くだけ、であった。

 月曜には治療と予防のためその他の検査も始まった。そして、火曜日四日目には理学療法士による、いわゆるリハビリを始めるための基礎的な運動機能調査が行われ、翌日から機能回復訓練も始まった。リハビリ室内から、病棟の七階の廊下の歩行や階段の上り下りへと進み、二週間後の一〇月六日に退院したが、一〇月二日日曜日には外来もないので、1階のコーヒーショップまで独りで歩いて行くことを看護師に勧められ、一〇日ぶりのコーヒーとモンブランを味わい、読書を楽しんだ。リハビリのため、医師、看護師、理学療法士の連携が実にうまく取られていた。

 いわゆる脳卒中で運び込まれると、検査、診断は当然としても、医師を中心にリハビリテーションが組まれていることは、障害者権利条約という条約を中心とした理解しかなかった身には、嬉しい驚きであった。日本リハビリテーション学会現会長が京都府立医科大学教授であることはさらに幸いなことであった。
(国際法・国際人権法学者)



Posted by 京都ノートルダム女子大学学長ブログ at 19:03 │社会時評

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